屋根の雨仕舞

わら葺き、茅葺きなどでおなじみの草葺きの民家について、その屋根が急勾配なのは、豪雪地帯では雪を落としやすくすること、屋根裏で蚕を育てるため、などいくつかの理由がありますが、ここで挙げたいのは、雨仕舞性能が劣るため、という理由です(写真1)。雨仕舞というのは、建物に雨が浸入しないように建築的に工夫することであり、雨が多い日本の建物では重要な要素です。茅などの植物を束ねた屋根は隙間から水が入りやすいため、何重にも重ねて厚みのある屋根を構築しますが、勾配が緩ければ雨の排水されるのが間に合わず浸入してきてしまうため、急勾配になっているという理屈です。

写真1:草葺きの民家

 自然素材を使った屋根葺き構法として、杮(こけら)葺きという葺き方があります(写真2)。板同士の隙間から雨が入りにくいよう、上下の杉板を重ねて葺いていくのですが、横方向は重ねないためその部分から浸入しやすく、そのため、横方向の隙間の下にも半分ずらした杉板が必要となり、結果的に材料的には無駄の多い葺き方になっています。

写真2:杮葺きの構成

 屋根葺き材が時代の中で進化すれば屋根勾配にも変化を及ぼします。瓦屋根のつらなる街並みは日本らしい景観ですが、その形状は雨仕舞上合理的なかたちをしています(写真3)。瓦は土を成形して焼いたものであり、杮葺きとは異なり横方向の重なりもとった葺き方となっているため材料を節約できるようになっています。瓦の大きさは人が片手で持って作業できる大きさになっており、屋根全体を覆うためにはたくさんの瓦を敷き詰める必要があります。その際、瓦と瓦の隙間から水が入らないように瓦同士を重ねますが、重ねた部分は他の部分と比べて雨仕舞上の弱点です。そこで、水は低いところを流れるという原則を利用して、重ねた部分が高い位置になるように、瓦の形状や重ね方が工夫されています。

写真3:桟瓦葺き

 岡山県の藩校であった閑谷学校講堂は現在も備前焼の美しい瓦を見せています(写真4)。加えて、ここでは、屋根裏に溜まった結露水や、雨水が浸入したときにも排水できるように陶管が設けられているユニークな工夫がされており、江戸時代以来健全であり続けている理由がうかがえます。

写真4:閑谷学校講堂の軒先

 瓦葺きは草葺きなどよりも屋根勾配を緩くすることができますが重なり部分が多く弱点となりやすいで極端に緩くはできません。鉄や銅などの金属板が使えるようになると、大きなサイズの板を使うことができるため、弱点となる重ねる箇所を少なくすることができます。一文字葺または平葺きという金属板を重ねて屋根を仕上げる方法が基本的で、板同士は「はぜ」といって互いに折り曲げて巻き込んだ形状にします。雨が浸入する恐れのある釘頭が見えないように吊子(つりこ)という部材で下地に接合します。この際、細い隙間を通って水が重力に逆らって入り込んでいく毛細管現象によって浸水するため、「はぜ」はきつく締めすぎないようにかみ合わせます。この構法では水の流れと板同士の接合部の高さが同じなので浸入リスクはあります。特に、直行する屋根が取り合う「谷」では、勾配が通常部より緩くなるのに両方の屋根から雨が集まってくるので雨漏りの起こりやすい場所です(写真5)。

写真5:一文字葺きの谷部分

 金属板による「瓦棒葺き」や「たてはぜ葺き」という葺き方は、棟から軒まで一枚の長尺の板で重ねなく敷くことができるので隙間から浸水する恐れがありません(写真6)。また横方向の重なり部分は立ち上げて、水が流れる部分より高くしている点も雨仕舞上有利な点で、屋根勾配を緩くできるのです。目立たない場所ですが、東京駅丸の内駅舎のドーム屋根の葺き方は頂部と側部で異なっています。側部はスレートという石の板を重ねた葺き方ですが、勾配が緩くなる頂部は金属板の瓦棒葺きになっており、それが建物の意匠にもなっています。

写真6:瓦棒葺きの屋根

 近代になると、平らな屋根である陸屋根がつくられるようになりました。細かい材料を重ねて水を勾配で流すのではなく、平らな面全体を浸入を防止する膜で覆う方法です。鉄筋コンクリートと防水材料の開発によって20世紀に普及したこの方法は、屋上の利用や地域によらない建物の景観を生み出しましたが、平らな屋根が近代以前にまったくなかったわけではありません。例えばスペインの都市バルセロナでは屋上テラスが特徴的な都市景観を生み出しています(写真7)。この床は近代以前の構法でつくられており、現在の鉄筋コンクリート上に防水する方法と比べると防水性能は高くありません。しかし年間を通して雨量の少ない気候のため、日本ほど厳密な防水でなくとも問題はそれほどないようです。同様の例は、地中海地域の伝統的な集落にもみられ、雨量と屋根形状の関係性を示しています。

写真7:バルセロナの屋上風景

(本記事は、東京理科大学「科学フォーラム」2021年8月号掲載の拙稿「ふつうの建築を形づくる自然と社会」をもとにしています)

KUMAGAI LAB

東京理科大学工学部建築学科 熊谷研究室