外壁仕上げの時代性

 外壁のタイル張りは日本のマンションなどではすでに市民権を得た洋風仕上げですが、実はヨーロッパなどではタイル張りの建物は日本ほど多くはありません。日本の建築の西洋化は明治期からのれんが造を通して進みましたが、関東大震災以降、耐震性の低い純粋なレンガ造に変わって登場した鉄筋コンクリートが主流の構造になっていきました。そのため日本におけるタイル張り外壁は、レンガ造がつくられなくなった時代にどのように洋風建築をつくるかという地点から始まっています。その中で、れんがの積み方は構造的安定性から「破れ目地」という互い違いの積み方をしますが、構造から解放されたタイル張りでは「芋目地」というグリッド状の目地のパターンに移行していきます(写真8)。

写真8 東京大学安田講堂のタイルの芋目地

 ところで、れんが造の時代においてもすでにタイル張りの萌芽は見られていました。辰野金吾によってつくられた東京駅丸の内駅舎(1914年開業)は、鉄骨造とれんがを組み合わせた鉄骨れんが造という構造で関東大震災にも耐え抜きました。東京駅をはじめとして辰野のれんが造建築では「下駄歯積み」という積み方が特徴にあります。これは構造体のれんがをそのまま外壁に見せるのではなく、表面にれんがより薄い化粧れんがという外装材を用いて、2種類の厚みで一段置きに交互に張っています(写真9)。構造れんがをそのまま美しく外壁として用いることは相当な技術が必要であり、外壁仕上げと構造体の役割を分けることで実現する工夫であり、また構造れんがと化粧れんがの接合面を凹凸にすることで剥離しにくい構造としているのです。この東京駅の化粧れんがのパターンは、れんがの短辺のみが外壁に表れる小口積みと呼ばれる積み方ですが、辰野が手掛けたれんが造の建物の多くはこのパターンであり、イギリス積みという積み方で構造体をつくってから表層にタイル状に張られています。小口積みを見たら、それは構造ではなくタイル状のレンガであると理解してもよいと思います。

写真9 東京駅丸の内駅舎の外壁

 伝統的な木造外壁仕上げとして下見板張りというものがあります(写真10)。これは勾配屋根と同様の考え方で板を重ねながら張り上げていく雨仕舞上合理的なものですが、戦後は都市の不燃化を実現するために、ラスモルタル塗仕上げという外壁が戸建住宅で普及しました(写真11)。こちらは左官仕上げのため現場での施工手間が多く、現在の新築では、より工業化されたサイディングなどの乾式(パネルを取り付ける施工方法)が主流になっています。材料の重ね方によって形状的に雨仕舞を行う工夫から、次第に材料自体の防水性や材料同士の接合部の防水性能によって雨仕舞を行う方向に移り変わっているとも言えます。

写真10 下見板張りの外壁

 またこのように、時代により外壁仕上げの傾向が変化していることは都市の建物を理解する手がかりともなっています。たとえば下町的な風情が残り谷根千エリアとして観光地になっている文京区根津は、戦災で焼け残り昔ながらのヒューマンスケールの路地構成など歴史的な界隈ですが、実際にまちの建物を観察すると、戦前や戦後すぐの建物は数えるほどしか残っておらず、街を構成する大多数の建物は高度成長期に広がったラスモルタル塗仕上げの建物です。1階を店舗にした店舗付き住宅で道との関係を持った建物でしたが、近年建て替わりが急速に進み、通りとは関係の薄いサイディング系の戸建住宅になり、郊外住宅地の建物と変わらない建物が建っています。

写真11 ラスモルタル塗仕上げ

 筆者が留学したことのあるバルセロナの旧市街は窓やバルコニーが規則的に並び、いかにもヨーロッパらしい街並みを構成しています(写真12)。バルセロナは古代から中世を経て大きく発展してきた都市であり、旧市街の路地などの都市構成には今日でもその雰囲気が感じられます。一方で今日、目にする整った街並みは19世紀に建物の改修や建て替えによって整えられたものでもあります。それまでは窓やバルコニー、増築などが不規則に建物に設けられていましたが、19世紀に欧州の主要都市としての都市の美が求められ、窓の配列や外観に関する条例によって創出された側面があるのです。このように、ヨーロッパのような歴史的な都市においても、都市構成に比べて建物は更新され続けるものであることがわかります。

写真12 バルセロナ旧市街の主要通り

 鉄とガラスとコンクリート、これらは近代建築を可能にした建築材料と言われていますが、この中で、鉄とコンクリートは特に非住宅系建物の構造体においては現在までの主流となっています。特に日本の低層のビルは他国と比べて鉄骨造によるビルの割合が高いことが一つの特徴のようです。例えば、台湾など日本以外の街並みを訪れると、高層ビルは鉄骨造が多いが低層のビルは鉄筋コンクリートでつくられています。このように、比較的鉄骨が中小規模のビルにも使われやすいのは日本の建築生産・産業の特徴の一つであると考えられます。鉄骨造は基本的に柱と梁からなる軸組構造になっており、壁体には別の建材が必要ですが、普及している代表的な建材としてALCパネルという軽量のコンクリートパネルがあります。ALCパネルは製造上、幅が60センチメートルに規格化されており、外壁に用いるといかにもALCパネル然とした外観になってしまうため、どちらかというと建物の目立たない側面などに多用されています。街中の建物の構造を判断するとき、建物の隙間から壁をのぞいてみてALCパネルが見えたら鉄骨造と判断する根拠にもなります(写真13)。

写真13 ALCパネルの外壁

(本記事は、東京理科大学「科学フォーラム」2021年8月号掲載の拙稿「ふつうの建築を形づくる自然と社会」をもとにしています)

KUMAGAI LAB

東京理科大学工学部建築学科 熊谷研究室