窓の地域性

 数十年前に読んだ妹尾河童の「河童が覗いたヨーロッパ」(新潮文庫)ではヨーロッパの街並みがつぶさに観察されてスケッチされているのですが、建物の窓がその国の地域性をあらわしていることを知りました。そこでも触れられていますが、ヨーロッパの北部にあるアムステルダムとストックホルムは伝統的な建物を比べてみると窓の大きさが違います(写真14)。寒さが厳しい北国では、熱が失われやすい窓の大きさを小さくしますが、偏西風により緯度の割に温かいオランダでは、むしろ日照を多く得るために窓を大きくするという違いがあらわれています。

写真14 アムステルダム(左)とストックホルム(右)の旧市街の窓

 地中海に面したスペインのバルセロナでは、掃出し窓にバルコニーという開放的な開口部になっており、昔の建物の窓は気候との対応関係を素直に反映しています。元々木造の軸組構造で壁が少ない日本家屋では、窓を壁に穿つのではなく、ふすまや障子などの引き戸を柱梁の間にはめ込むという考え方でできています。木製の引き戸は、戦後そのまま近代のアルミサッシの引き違いの建具に置きかわり、現在も日本の窓の形式として画一的といえるまでに定着しています。近年は省エネの観点から樹脂サッシなどの設置が期待されますが、地域的に普及しているのは北海道など一部です。特に東京や西日本などではそこまで厳しい寒さにならないことや、都心部では防火性能の要求もあり普及していません。アルミサッシが普及した背景には、戦後の高度成長期の住宅需要と国産アルミサッシの開発促進が同時期であったために産業が育ったこと、またアルミサッシは気密性などの性能に加え、組み立てることが容易で既存の建物にも取り入れやすいという特徴も影響したと思います。

 ところで、窓を開き戸とする場合は、外側に開くか内側に開くかという問題がありますが、内側に開くには、扉が回転するスペースを考慮する必要があり、そこに物を置けないことになります。そこで日本では外開きにすることが多くなるのですが、一方でスペインの窓の場合は内開きが基本的な形式になっています(写真15)。これは、窓の外側にシャッター状の日除けが組み込まれており、外側に開けないからです。蒸し暑い日本の夏と異なり、強い日差しを遮ることが防暑上重要なスペインならではの形式ともいえます。

写真15 バルセロナの内開きの窓


 外壁に設けられた開口部である窓は雨仕舞上の弱点であり、かつ雨水は重力に従って落下するだけでなく、物の表面を伝わっても移動します。窓台などでは、汚れや塵などを含んだ雨水が裏側に回り込んで窓の下の壁面が黒ずんでいる状態がよく見られます。対策として窓台端部に水がそれ以上伝わらないような溝などを設けた「水切り」が有効です。東京大学本郷キャンパスにある理学部化学館旧館は大正時代に建てられたキャンパス最古の建築ですが、水切りが窓台の下にとられているため窓の下の汚れが見られない例となっており、まさに先人の知恵といえます(写真16)。

写真16 東京大学本郷キャンパス理学部化学館の窓廻り

(本記事は、東京理科大学「科学フォーラム」2021年8月号掲載の拙稿「ふつうの建築を形づくる自然と社会」をもとにしています)

KUMAGAI LAB

東京理科大学工学部建築学科 熊谷研究室