既存建物の改修

 近年、既にある建物を改修して再生する実践的な取り組みや、学術的な研究が進んでいます。まずここで既存の建物をモニュメントとストックという考え方で整理してみます。モニュメントは街中の重要な歴史的価値のある建物であり、ストックは私たちの住む住居をはじめ、街そのものを構成する多数の建物を指します。また、この両者を合わせ持った性格の建物もあり、ベルカ(BERCA)賞のように、優れた改修や良好に維持管理されてきた建物を表彰する制度もあります。

 モニュメントの場合は歴史的建物を「保存再生」することが主目的となり、具体的な改修手法は、建物の意匠を保存するための補修や復原、現代的な利用方法や要求性能に合わせた改変や更新、耐震補強などがあります。しかしこれらは相反する要求であることも多く、実施する設計者や技術者には明快な論理性によって、良質な修復・再生を行うことが求められます。

 ストックの場合は、空き家活用に代表されるように、既存の建物を利用しながら、それを刷新(リノベーション)して新たな息吹を吹き込むことが主目的となります。そこで積極的に用途変更(コンバージョン)などを行い、元々の建物の価値を劇的に向上させる改修が行われます。例えば建築家・青木茂氏が提唱するリファイニング手法では徹底した既存建物の診断と補強、コスト管理などを行いながら建物を大幅にバリューアップしています。

 改修される対象が古い建物の場合は現代の耐震性能を満たしていない場合も多く、耐震補強は改修工事の中で主要な位置付けとなります。モニュメントの場合は補強箇所が建物の美観に影響を与えないように目立たなくする工夫がされることが多いのに対し、ストックの場合は補強を積極的に見せて美観のグレードアップを図るものもあります。

 近代建築の修復や再生は、理念だけでなく物的な構成物としての建物をより深く知るためのプロセスであり、様々な技術の積み重なりによる多様性を発見する楽しさがあります。またストック活用については、高度経済成長期には見られなかった、環境を自ら創出していく本来の豊かさが現れてきていると感じています。

(本記事は、東京理科大学「科学フォーラム」2016年6月号掲載の拙稿「既存建築の改修」をもとにしています)