近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトらによって設計された「自由学園明日館」は、現在のツーバイフォー構法に近い、北米で生まれた木造構法でつくられています。日本の建築は通常湿気対策として基礎上の土台を地面より高く上げますが、明日館はライト建築の特徴である内外の連続した空間を実現するために、土台が地面より下に配されて腐朽し、構造的な問題が生じていました。修復では様々な改善手法が検討された結果、土台をかさ上げする対策がとられました。この方法は意匠の厳密な保存ではありませんが、建物に必要な長期的耐久性への配慮を重視しています。また耐震補強として屋根や壁の下地に構造用合板と呼ばれる厚めの合板を張っています。
下写真:修復以前の自由学園明日館
「東京駅丸の内駅舎」は、現役の駅空間としての活用と復原の両立という難しい課題を明確な方針によって解決しています。ドーム部分は3階から上部を創建時へ復原をするとともに、2階以下については復原部分と調和させながらも新たなデザインとしています。外壁表面には化粧レンガと呼ばれる薄いタイル状のレンガが厚みのある構造レンガの壁の上に張られています。建物外観を美しく整えるための工夫であり、すでに、その後タイル張りが隆盛する萌芽がみてとれます。東京駅は通常のレンガ造より耐震性が高い鉄骨レンガ造でつくられていることに加え、免震化され、十分な耐震性が確保されています。加えて一部のレンガ壁は壁体内に通した鋼線に緊張力を与えることにより壁全体に圧縮力を与え、ひび割れが生じないよう補強されています。各地のレンガ造建築の耐震補強も様々な方法で行われており、技術も発達してきています。
下写真:東京駅丸の内駅舎ドーム
大阪の「豊崎長屋」は、明治・対象期の長屋を大学や地域と連携しながら現役の賃貸住宅として再生した例です。今日では貴重となった歴史的な意匠や路地環境などを独自の魅力として活用し、現代の住まい方自体の再考を促しています。また、耐震リブフレーム(門型の木造補強部材)や荒壁パネルなど、伝統的な意匠や空間に調和する耐震補強が行われています。
下写真:豊崎長屋
「八幡浜市立日土小学校」と「大多喜町役場」は文化財指定されていませんが、このような地域に密着した戦後の建築が保存されたことは特筆に値します。日土小学校は1956~1958年に建設された木造モダニズム建築ですが、同時に現在も地域の小学校として使用されています。改修では保存する校舎の隣の校舎(建替え)に一般教室を移し、保存校舎は保存しやすい特別教室などに変更しています。この建物の耐震補強方法の一つとして興味深いのは、既存の丸鋼ブレースをダブルにし、またブレース中央の円環の厚みを増すことによって元々の意匠と調和した手法が考案されているところです。
下写真:日土小学校再生後の教室
大多喜町役場の保存が可能となった要因の一つは、元々の設計が将来的な増築予定地を設定していたことです。改修では増築棟に庁舎の事務機能を移転・集約することにより、保存庁舎の機能的負担を軽減しています。また保存庁舎の外部手摺は、通常の増築を伴う改修では今日の基準に高さを変更しなければなりません。ここでは増築部を別棟として設計し、利用を限定するなどにより法的条件を解決し、手摺の意匠を保存しています。
下写真:大多喜町役場再生後
文京区本郷にある「求道学舎」は、戦前のRC造の寄宿舎をコーポラティブ方式(事前に居住者を募り、居住者による組合が設計と工事を発注する方式)の集合住宅として再生した事例です。文化財としての保存ではなく、集合住宅経営として成立するしくみを同時につくることにより実現された画期的な事例です。改修工事においても、吹付けコンクリートやポリマーセメントモルタルなど、今後の他の再生工事にも有効な新しい技術が用いられています。
(本記事は、東京理科大学「科学フォーラム」2016年6月号掲載の拙稿「既存建築の改修」をもとにしています)
0コメント